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コラム

ケアメディアの概念化を目指して
「メディアは人をケアできるのか」という問いの希望

人をケアする「メディア」
メディアは人をケアできるのか―。

この問いは私の大きなテーマであり、暫定的に「イエス」と答え、その方向として「ケアメディア」という概念化を確立しようとするプロセスの中で、実践と研究を繰り返している。今回初めて本論を執筆するにあたって、この考えと立場をまずは説明したい。

私の実践とは、精神障がい者向けの就労移行支援事業所「シャローム所沢」の施設長として、日々当事者と向き合い、支援する活動であり、研究とは、毎日新聞記者、共同通信記者の経験をベースにしたメディア考察と、実際に「ケア」に有効なメディアとして、音楽メディアや活字メディアで世に問いかけながら、見識を深め、そして実践に結び付ける活動である。

ここで言う「ケア」とは、一般的に対象を必要とする言葉で、高齢者、子ども、疾病者を想像するのが日本社会の常識であろう。それは「見えやすく」「わかりやすい」ために表出されている部分との認識の上、隠れているからこそ必要なケア対象として私は精神疾患者をその対象の優先と位置づけた。

高齢者が未来の自分、子どもが過去の自分であるとすれば、精神疾患は今の自分になる可能性があるにもかかわらず、この社会では未だに隠されている存在である。「精神分裂病」との表現がごく最近まで使われ、私宅監置制度の名残もある。精神疾患者をケアすることは、人間関係の想像や当事者意識にも関わってくる。この想像を社会がどれだけ共有していくかが、社会の成熟度を示すことになるはずで、そこにはメディアの役割が欠かせない。この「ケア」を意識したメディアが「ケアメディア」であり、ケアメディアが確立された未来には、メディアは人を癒す、と信じたい。

メッセージとマッサージ

 メディアとは媒体である。メディア研究の権威マーシャル・マクルーハンは「メディアはメッセージ」とメディアの解釈を拡張している。そのメッセージは、社会に大きな影響を与えたり、人を内部変革させる心の革命を起こすきっかけになるかもしれない。だからメディアは時代のキープレーヤーとして、私たちの生活に深く入り込み、一人ひとりの生活や幸福の実現には欠かせない存在となっている。

メディアが凶暴化した社会-罵詈雑言、誹謗中傷、叱責や悪態の言葉が常態化した社会を誰も幸福な状態だとは思わないだろう。テレビや新聞で人権を無視するような表現があれば、是正する良心がこの世の中では機能している。

これは、お互いが気持ちよく過ごすための知恵であり、それが「ケア」と考えている。

すべての人をつなぐもの

 ケアの定義は、その社会において守るべきものの優先順位によって変わってくる。かつて私たちの社会はケアを家族もしくは地域(集落)単位で完結してきた。家族で子どもを育て、老人の最後を看取るのは、すべて家族の単位だったのが、今は生産者中心に社会は形成されているから、子供を幼稚園や学校で教育させ、老人のお世話は施設に委託するなど、ケアを外部化している。2000年に始まった介護保険制度とともに高齢者「ケア」の言葉は大合唱されたことにより、ケアは社会的弱者への支援という雰囲気も備わってしまったが、果たしてケアをその立場に押し込めてよいのだろうか。

 ケアの外部化が進行した社会だからこそ、ここで示すケアは、ぐっと生活に身近な言葉、普遍的な「関わり合い」の意味でとらえたいと考えている。「存在と時間」を著したドイツの哲学者ハイデガーは、人間の「気遣い」によって「世界は価値を与えられ、意味をもってまとまりとして現れる」とする。そして、この「気遣い」こそ、英訳すればケアとなる。つまりケアは「気遣い」なのである。

 看護学の視点からは、権威であるミルトン・メイヤロフの「1人の人格をケアするとは、最も深い意味でその人が成長すること、自己実現をたすけることである」との箴言がある。

 政府がどんな政策を優先しようが、人が生きる社会は「ケア」によって結びついている。その確認手段として、拡がりを支えるものとしてメディアがある。

苦いメディア経験

 ケアとメディアを組み合わせた「ケアメディア」の展開は、メディアもしくはジャーナリズムのケアを忘れた行き過ぎや暴走を抑えるためであり、既得権者の情報伝達手段になりがちなメディアを市民の手に取り戻すためでもある。

 私たちの社会は「ケア」を忘れたメディアの暴走で、苦い経験をしてきた。

例えば、1964年の在日米大使館でのライシャワー米大使刺傷事件。事件を伝える朝日新聞は「ライシャワー米大使刺さる」、加害者は「19歳の“異常少年”逮捕」と伝えた。少年は今でいう統合失調症であった。同紙は「自分は目が悪くて進学もできず、思うような職業になかなかつけなかった。社会施設も十分でないので目の治療もできない。この原因はアメリカの占領政策と教育方針が悪いからだ」と少年の供述を伝えた。

 事件の1964年3月は東京五輪の開催を10月に控えており、日本が復興し再度国際舞台に上り始める高揚感の中。日本は平身低頭、米国に謝り続け、国家公安委員長が辞任するなど関係者を処分し国際社会のイメージ低下を抑えようと躍起だった。同様にメディアも事件を「異常少年」の犯行として、松方正義元首相の孫で日本人である大使夫人のハルさんとともに加害者への寛容さを見せるライシャワー大使の言動を美談にすることに終始していた。重傷を負った大使は、日本人からの輸血を受け「これで私の体の中に日本人の血が流れることになりました」と発言し称賛を浴びたのが象徴的であった。

 事件翌日の朝日新聞朝刊の「天声人語」には以下のような主張が掲載された。

「春先になると、精神病者や変質者の犯罪が急にふえる。毎年のことだが、これが恐ろしい。危険人物を野放しにしておかないように、国家もその周囲の人ももっと気を配らなければならない。」

ケアメディアが目指すもの

 これは精神疾患者が「危険人物」であるという社会の認識をメディアが作り出していた証拠でもある。精神疾患者への対応は、その社会の成熟度を示す。それはメディアが精神疾患者にどう向き合い、考え、伝えているか、という問題とも重なる。

日本における精神疾患者の病床数は先進国に比べ、顕著に少なかったのが、最近になって増えたと同時に、ほかの先進国は先端治療の反映として病床数は下がり続け、日本とは逆転傾向にある。この意味するところは、精神疾患者についての議論が日本では広く、そして公に行われずに、市民社会に根を張った見識や未来の方向性がないということであろう。医師と市民、社会とのかい離も要因だ。

 この問題点を踏まえつつ、本論では生の事件・事象を追いながら「メディア」と「精神疾患者」の関わりを中心に、国内外の視点を持ちつつ、「ケアメディア」の概念化を目指す。この概念を社会に浸透させることで、生きづらい人を一人でも生きやすくなるような社会づくりにつながればと考えている。「メディアは人をケアできるのか」という問いの答えを模索することで、見えてくるものがあるはずだ。そんな希望を持って、本論の展開していきたい。

(了)

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